パワハラ・セクハラ・カスハラを就業規則に一本化する方法|3種の規定を統合する事務長の実務

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「パワハラの規定は2022年に追加したけれど、セクハラの規定はいつ作ったか分からない古い文言のまま。マタハラの記載は別の文書にあって、カスハラに至っては何も決めていない」——こうした状態の就業規則を抱えたまま、日々の業務に追われている事務長は少なくありません。規定が複数の文書に散らばっていると、いざ問題が起きたときに「どこに何が書いてあるか」を探すところから始めることになり、迅速な対応ができません。

2026年10月1日、カスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為。以下カスハラ)への対策が、従業員を1人でも雇うすべての事業主に義務づけられます。これは、散らばったハラスメント規定をまとめて整理しなおす絶好のタイミングでもあります。本記事では、パワハラ・セクハラ・カスハラ(あわせてマタハラも)を就業規則に一本化する手順を、事務長の手元で動かせる形で整理しました。中小企業全般に通用する土台に、クリニック特有の「ペイシェントハラスメント(患者からの迷惑行為。以下ペイハラ)」や応召義務の整理も加えています。

この記事でわかること

  • 4種類のハラスメント規定がいま法律上どう位置づけられているか
  • バラバラの規定を「委任規定+別規程」で一本化する具体的な手順
  • クリニックのペイハラ対応と応召義務(診療を断れるか)の整理
  • 小規模な組織でも回せる相談窓口・調査手続の作り方
  • 規定を「貼り付けただけ」で終わらせない形骸化防止のポイント

なぜ今、3つの規定を一本化すべきなのか?

結論から言えば、2026年10月のカスハラ義務化という外部の締め切りがある今こそ、散在した規定をまとめて整理し直す好機だからです。カスハラ対応の条文を新たに足すために、どのみち就業規則に手を入れる必要があります。その作業のついでに、古くなったセクハラの文言や、別文書に分かれたマタハラの記載も一本化してしまうのが、最も手戻りの少ない進め方です。

規定が分散していることの実害は、相談件数の増加というかたちで現れます。厚生労働省の令和5年度実態調査では、過去3年間にパワハラの相談があった企業は64.2%、セクハラは39.5%、カスハラは27.9%にのぼりました(厚生労働省, 令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査)。とくにカスハラは前回調査の19.5%から8.4ポイント増えており、相談件数が「増加している」と答えた企業(23.2%)が「減少している」(11.4%)を上回った唯一の種別でした。ハラスメントは、もはや「起きたら対応する」例外的なトラブルではなく、規定を整えて備える前提の課題になっています。

4種類のハラスメントは、いま法律上どう位置づけられている?

まず押さえたいのは、パワハラ・セクハラ・マタハラはすでに「措置義務」(事業主が必ず講じなければならない措置)として確立しており、カスハラがこれから加わる、という全体像です。根拠法と義務化の時期を整理すると、自社の規定に何が足りないかが見えてきます。

種別根拠法事業主の義務
パワーハラスメント労働施策総合推進法 第30条の2措置義務(中小企業は2022年4月から)
セクシュアルハラスメント男女雇用機会均等法 第11条措置義務(2007年から)
マタニティハラスメント均等法第11条の2/育児・介護休業法第25条措置義務
カスタマーハラスメント改正労働施策総合推進法措置義務(2026年10月から)

ここで事務長が誤解しやすいのが、パワハラの位置づけです。パワハラ防止措置は2020年に大企業、2022年4月に中小企業へと義務化が拡大し、すでに「努力すればよい」段階は終わっています(厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」)。古いひな形を流用していると「努力義務」と書かれたままのことがあるため、文言の点検が必要です。

なお、マタハラの根拠法が2本に分かれている点も見落としがちです。妊娠・出産に関するハラスメントは男女雇用機会均等法、育児・介護休業の取得に関するハラスメントは育児・介護休業法と、別々の条文が根拠です。一本化する規程では、この両方を漏れなく定義に含めましょう。

カスハラ義務化はいつから?対象は誰で、罰則はある?

カスハラ対策の義務化は2026年10月1日からで、対象は従業員を1人でも雇うすべての事業主です。中小企業や個人事業主への経過措置(猶予期間)はなく、施行日から一斉に義務が発生します。改正労働施策総合推進法は2025年6月11日に公布され、2026年2月26日には事業主が講ずべき措置を示す指針(告示)も公表済みです(厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」)。

事業主が講じるべき措置は、(1)方針の明確化と周知、(2)相談体制の整備、(3)事後の迅速な対応、(4)悪質事案への抑止措置(警察通報・出入り禁止等の方針策定)、(5)プライバシー保護や不利益取扱い禁止などの付帯措置の5つに整理されます(2026年10月カスハラ対策が義務化(BUSINESS LAWYERS, 2025))。

罰則については、正確に押さえておきたい点があります。カスハラ義務化に違反しても、罰金などの直接の罰則はありません。ただし、是正の勧告に従わない場合は企業名の公表という対象になります(BUSINESS LAWYERS, 2025)。地域に根ざしたクリニックや中小企業にとって、社名公表は実質的に重いダメージです。「罰則がないから後回し」という判断は危険です。

東京都の条例と国の法律はどう違う?

混同しやすいのが、東京都の条例と国の法律の関係です。両者は性格が異なります。東京都は2025年4月1日に全国初の「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」を施行しましたが、これは事業者に対する努力義務(罰則なし)です。一方、2026年10月施行の国の改正法は雇用管理上の措置義務であり、前述のとおり勧告・公表の対象となります(東京都「カスタマーハラスメント防止条例を施行します」 / BUSINESS LAWYERS, 2024)。

ただし、東京都条例には「何人も、あらゆる場においてカスタマーハラスメントを行ってはならない」と、顧客側の行為そのものを禁止する規定がある点が特徴です。事業所が東京都内にある場合は、条例の努力義務と国の措置義務の両方を視野に入れる必要があります。なお、カスハラの境界線(正当なクレームとの違い)やマニュアルの作り方は、別記事「カスハラ対策 中小企業の進め方」で詳しく解説しています。

3つの規定を一本化する具体的な手順は?

最も手戻りが少ないのは、就業規則本体に「委任規定」(詳細は別の規程に任せる、と定める1条)を置き、定義や手続きの詳細は独立した「ハラスメント防止規程」にまとめる方式です。実務で社労士・弁護士が標準的に採る方式で、理由は、法改正があったときに就業規則本体を改定せず、別規程を直すだけで対応できるからです(ハラスメント防止規程の作り方(社労士法人とうかい))。

委任規定は、就業規則本体に次のような1条を加えるだけで済みます。

第○条(ハラスメントの防止)

職場におけるハラスメントの防止に関する事項は、別に定める「ハラスメント防止規程」による。

そのうえで、別規程に4種類のハラスメントの定義・禁止行為・相談体制・調査手続・懲戒との連動・再発防止をまとめます。規程の章立ては、おおむね次のように組むと過不足がありません。

  • 第1章 総則:目的と適用範囲(正社員・パート・契約社員を含む全就業者を対象に)
  • 第2章 定義と禁止行為:4種それぞれの定義と具体例、禁止の明文化
  • 第3章 相談・申告体制:相談窓口の設置、秘密保持、不利益取扱いの禁止
  • 第4章 調査・是正措置:事実確認の手順、行為者への対応、被害者へのケア
  • 第5章 懲戒:就業規則本体の懲戒規定との連動
  • 第6章 再発防止:原因分析、研修、規程の見直し

ここでカスハラの定義条文には、具体的な行為例を盛り込むことが2026年10月対応の肝になります。暴行・傷害、脅迫・恫喝、長時間の拘束や繰り返しのクレーム電話、土下座の強要、SNSや口コミサイトへの虚偽情報の投稿、要求内容は妥当でも手段が不当なもの(長時間の交渉強要など)といった例示を並べておくと、現場が「これはカスハラに当たるのか」を判断しやすくなります(2026年対応版 就業規則に入れるべきハラスメント防止条文(RESUS社労士事務所))。条文の文言は、厚生労働省や各労働局が公開するモデル規程を土台にできます(ハラスメント対策・各種規定例(山形労働局))。

クリニックのペイハラと応召義務はどう整理する?

クリニックでは、カスハラの医療版である「ペイハラ」への備えが欠かせません。受付や看護スタッフが患者から理不尽な言動を受けても、「医療機関だから断れない」と個人で抱え込み、孤立対応になりがちだからです。これを組織対応へ切り替える規程設計が、クリニックの事務長にとっての要点になります。

整理しておきたいのが応召義務との関係です。医師には診療を求められたら正当な理由なく断れない応召義務がありますが、これは「いかなる迷惑行為も受け入れる義務」ではありません。厚生労働省の通知でも、患者の迷惑行為など正当な事由がある場合には診療を断りうるとされています(厚生労働省「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(医政発1225第4号、令和元年12月25日))。暴言・暴力・他の患者への迷惑といった事案では、毅然とした対応をとっても応召義務違反にはなりません。この整理を規程と院内の判断基準に落とし込んでおくことが、スタッフを守る土台になります(実務対応の参考: ペイシェントハラスメントにどう対応するか(よしざわSR事務所) / ペイハラから職員を守る(クリニック経営ナビ))。

クリニックで具体的に整えたいのは、次の4点です。

  • 患者への事前告知:「迷惑行為には対応をお断りすることがあります」という方針を院内掲示や同意書で明示する
  • 対応基準の明確化:どの段階で警察に通報するか、診療をお断りする判断ラインはどこかを文書化する
  • エスカレーションのフロー:受付スタッフが個人で抱え込まず、その場で院長・事務長に上げる流れを決める
  • 応召義務との線引き:正当な事由による診療拒否は認められる旨を院内基準に明記する

実際に方針を掲示している医療機関も増えています(カスタマー(ペイシェント)ハラスメントに対する基本方針(東京臨海病院))。掲示は患者への牽制になるだけでなく、「組織として対応する」という姿勢をスタッフに示すメッセージにもなります。

小規模な組織で相談窓口や調査手続をどう作る?

人員に余裕のないクリニックや中小企業では、専任の担当者を置くより、役職で窓口を特定し、外部の力も組み合わせるのが現実的です。規程に「相談窓口は人事担当者とする」とだけ書いても、その担当者が実質不在では機能しません。

まず内部の一次窓口を「事務長」など具体的な役職で特定し、誰に相談すればよいかを明確にします。そのうえで、内部に相談しにくいケースに備えて、外部の社労士事務所や従業員支援プログラム(EAP。従業員の悩み相談を外部が請け負う仕組み)を二次窓口として用意します。調査手続も、相談受付から事実確認、是正措置までの流れを規程に短く定めておけば、いざというときに「誰が・どの順で動くか」で迷いません。なお、相談や調査協力を理由に不利益な取扱いをしない旨は、法律上の措置義務に含まれる要素なので規程に必ず明記します。

規定を「貼り付けただけ」にしないには?

最後に、最も重要な点をお伝えします。規程を作っても、運用が伴わなければ形骸化します。社労士のひな形を貼り付けただけで、相談窓口の担当者が不在、研修も未実施、懲戒規定とも連動していない——こうした「規程はあるが動かない」状態が、実は最も多い失敗パターンです。

形骸化を防ぐには、次の点を押さえます。経営者・院長自らがトップメッセージとして方針を明文化し掲示すること。相談窓口の担当者を実名または役職で特定すること。年1回以上の全員研修を実施し、新入職員研修にも組み込むこと。そして、就業規則本体の懲戒事由に「ハラスメント防止規程違反」を明記し、実際に処分できる建付けにしておくことです。懲戒との連動が抜けていると、問題が起きても処分の根拠がなく、規程が絵に描いた餅になります。

規程の作成は、現状の棚卸しから始めて、骨格設計、条文ドラフト、就業規則の改定手続き、運用開始という流れで進みます。常時10人以上を雇う事業場では、就業規則の変更を労働基準監督署に届け出る義務がある点も忘れないでください。条文の最終確認は、社労士や弁護士のリーガルチェックを受けることをおすすめします。ハラスメント規定の一本化は地味な事務作業に見えますが、スタッフが安心して働ける土台をつくる経営課題でもあります。2026年10月という締め切りを、散らばった規定を整える機会として活かしていきましょう。

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