カスハラ対策 中小企業の進め方|就業規則改定とマニュアル雛形【2026年法律対応】

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先日、ある飲食店オーナーから相談を受けました。「常連客がスタッフに30分以上クレームを続け、若手が辞めてしまった。法律が変わると聞いたが、従業員8名の店でも準備が要るのか」と。同じ不安を抱える経営者は少なくないはずです。2026年10月1日、カスハラ対策法が施行されます。従業員1人以上の全事業主が一斉対象で、経過措置はありません。規程作成から研修完了まで一般に3〜6ヶ月程度(規模・体制で幅あり)かかるため、いま動かないと間に合わない時期です。本記事では就業規則改定の建付け、マニュアル7項目、5ヶ月で形にする優先順位を番頭目線で整理しました。

施行日と適用範囲——2026年10月、全事業主一斉スタート

2026年10月1日から従業員1名以上の全事業主に適用、経過措置はありません。改正労働施策総合推進法は2025年6月4日成立(厚生労働省, 2025)、パワハラ防止法のような2年猶予なく一斉に義務が発生します。罰金は科されませんが、行政指導に従わなければ企業名が公表されます(BUSINESS LAWYERS, 2025)。地域密着の中小企業には、社名公表は実質最重のペナルティです。

東京都は2025年4月1日から「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」を施行、北海道や三重県桑名市など条例化も続いています(BUSINESS LAWYERS, 2024)。本社所在地の条例と国の法律、両方を視野に入れる必要があります。何がカスハラで何が正当なクレームか――ここを区別できなければ、規程もマニュアルも書けません。

カスハラと正当クレームの境界線

両者を見分けるには、要求の中身に妥当性があるか、伝え方が社会通念上の範囲に収まっているかを順に確認します。どちらか一方でも外れたものがカスハラに該当する、と整理すると現場でも迷いが減ります。改正法の定義は「顧客等の言動が社会通念上許容される範囲を超え、労働者の就業環境が害されるもの」(政府広報オンライン, 2025)。要するに要求が過大か、やり方が常軌を逸しているか、いずれかに当てはまればカスハラです。

たとえば配送ミスを落ち着いた口調で伝えるのは正当なクレームの範囲ですが、自分のうっかりで壊した商品の全額返金を執拗に求めるのは要求過大の典型です。要求自体は妥当でも、暴言・1時間以上の拘束・SNSでの個人情報拡散に及べば、手段の側でカスハラに振れます。

現場任せにすると、毅然と断れる従業員と抱え込む従業員の差が広がります。判断フローを紙に落とし、誰が見ても同じ判断ができる状態を作るのが第一歩です。

なぜ中小企業ほど今すぐ動く必要があるのか?

施行まで残り約5ヶ月(2026年5月時点)に対し、規程作成から研修完了までは一般に3〜6ヶ月程度かかります(社内体制や外部支援の有無で前後する目安)。社内整備は次の4フェーズで進めるのが一般的で、下表の所要期間は業種や従業員数で前後する目安です。

フェーズ内容目安
1. 準備実態把握・方針決定・担当者選定1〜2ヶ月
2. 規程整備就業規則改定・別規程・マニュアル作成2〜3ヶ月
3. 周知・研修説明会・管理職研修・ロールプレイング1〜2ヶ月
4. 運用・改善定期見直し・ケース蓄積・専門家連携継続

短く見積もって4ヶ月、ロールプレイ込みで6ヶ月程度を想定するのが現実的です。今月中にフェーズ1へ着手しなければ施行日に間に合いません。

放置リスクは数字でも明白です。UAゼンセン2024年調査で過去2年に46.8%の労働者がカスハラ被害を経験(UAゼンセン, 2024)、パーソル総研調査では被害あり層の年間離職率が被害なし層の1.3倍、転職意向は1.8〜1.9倍に上る(パーソル総合研究所, 2024)。カスハラ対策は法令対応と同時に、採用・定着コストを下げる施策です。

就業規則の改定——本体に委任条文、別規程に詳細

中小企業に推奨したいのは、就業規則本体に委任条文を1条追加し、詳細は別途「カスタマーハラスメント防止規程」に切り出す建付けです。既存のハラスメント禁止規定に一文を加える統合型もあり得ますが、警察・弁護士連携や記録の取り方など規定項目が多く、本体に詰め込むと読まれません。別規程方式なら法令改正にも俊敏に対応できます(京都うえにし社労士法人 / マネーフォワード クラウド勤怠)。委任条文は1行で済み、たとえば次のような書き方です。

第○条(カスタマーハラスメントへの対応)

顧客等による著しい迷惑行為(暴言・威圧・不当要求等)に対し、会社は従業員を守るために必要な措置を講じる。詳細は別に定める「カスタマーハラスメント防止規程」による。

別規程に盛り込みたい中身は、おおむね6点に集約できます。法律上の定義を準用した定義、身体的・精神的攻撃や過大要求・拘束・妨害・プライバシー侵害といった禁止行為の列挙、被害時や兆候時に迅速に上げてもらう従業員の報告義務、担当者・プライバシー保護・不利益取扱い禁止を含む相談窓口、事実確認から被害者ケア・再発防止・警察/弁護士連携に至る事後対応、年1回以上を目安にした見直し条項の6つです。

常時10人以上の事業場では労基署への届出が必要です。社労士相談費用は5〜15万円程度が目安ですが、依頼範囲や事業規模によって変動します(2026年現在の中小企業向け一般水準)。

マニュアルの骨格——2人対応・3段階エスカレーション・記録

中心に据えるのは、2人対応の原則・3段階のエスカレーション基準・記録フォーマットの3点で、ここに7項目を肉付けすれば現場が動ける形になります。厚生労働省のカスタマーハラスメント対策企業マニュアル(厚生労働省, 2022)を、従業員5〜30名の中小企業向けに最小化した構成が下表です。

項目中身
1. 定義と具体例自社業種に即した実例
2. クレーム判断フロー正当クレーム/カスハラの線引きチャート
3. 初期対応の手順2人対応・場所移動・時系列記録
4. エスカレーション基準レベル1〜3と連絡先一覧
5. 記録フォーマット日時・発言内容・要求事項・対応内容
6. 従業員ケア相談窓口・業務変更・メンタル支援
7. 不利益取扱い禁止相談者への報復禁止を明記

エスカレーション基準は3段階で十分です。レベル1(黄)「同じ話を5分以上繰り返す/声が大きくなる」で対応者交代、レベル2(橙)「30分以上の拘束・脅迫的言動」で警告・打ち切り、レベル3(赤)「暴力・器物損壊・殺害予告等」で即110番通報・弁護士相談、と分けます。

特に強調したいのが「2人対応の原則」です。1人対応では客観的記録が残らず水掛け論になり、被害者負担も増します。「気づいたら無条件で別スタッフを呼ぶ」と決めておけば、判断負荷が下がります。

経営者の覚悟——本音と規程の一致が出発点

冒頭の飲食店オーナーの店では、店長クラスが「お客様には基本的に頭を下げて」と若手に指示していました。規程上は毅然と対応するはずでも、本音と上司の言葉が逆向きでは救われません。本音と規程が食い違えば、従業員はカスハラを抱え込み、やがて静かに辞めていきます。

厚生労働省指針の4本柱の最初が「方針の明確化と周知」であるのは、ここに最大の壁があるからです(LINE WORKS, 2026)。「正当なクレームには真摯に応じる、カスハラには毅然と断る」を経営者自身の言葉で宣言することが、現場が動ける唯一のスタートラインです。NHKサービスセンター事件(東京高裁 令和4年11月22日)ではカスハラ対策を実施していた事業主の安全配慮義務違反が否定されており(厚生労働省 あかるい職場応援団, 2022)、未整備で従業員がうつ病を発症すれば損害賠償リスクが現実味を帯びます。

5ヶ月で間に合わせる優先順位はどうするか?

当面の目標は、方針宣言・別規程の骨子・2人対応ルールの口頭周知の3つを今月中に終わらせることです。完璧な規程と分厚いマニュアルを最初から作ろうとすると途中で止まります。骨格を3週間程度で動かし、運用しながら磨くほうが結果的に早く形になります。最低限揃えたいのは、経営者名義の方針宣言文(A4 1枚、社内掲示用)、就業規則本体の委任条文(1条)、カスハラ防止規程の骨子(前述6項目を各1〜2行)、現場マニュアル中核3項目(定義・2人対応・エスカレーション基準)、相談窓口の指名(社内1名+外部の社労士か弁護士)の5点です。

ここまでなら、社内だけで1〜2週間、外部相談込みでも3〜4週間程度で形になります(現場の繁閑や合意形成のスピードで前後する目安)。残りの時間を研修と記録運用の習熟に充てれば、施行日にはひととおり機能します。

よくある質問(カスハラ対策法・中小企業向け)

Q1. 従業員5名以下でも就業規則の改定は必要ですか?

A. 常時10人未満の事業場は就業規則の作成・届出義務はありませんが、カスハラ対策(方針明示・相談体制・事後対応)の義務は従業員1名以上の全事業主に及びます。就業規則がない場合は社内通達や雇用契約書の付属書面で方針と相談窓口を明示する形で構いません。

Q2. カスハラ対応マニュアルはテンプレートを流用してよいですか?

A. 7項目の構造は流用可能ですが、「クレーム判断フロー」と「初期対応の手順」は自社業種・店舗構造に合わせた書き換えが必須です。直近1年の実例3つを軸に書き起こすのが最短ルート。

Q3. 2026年10月の施行に間に合わなかった場合のリスクは?

A. 直ちに罰金はありませんが行政指導の対象となり、改善されない場合は企業名公表に至ります。対策未整備で従業員がメンタル不調を発症すれば、安全配慮義務違反として損害賠償リスクも高まります。施行日後の着手でも遅すぎることはありません。

番頭代行の関わり方

カスハラ対策のご相談で最初に伺うのは「直近1年で現場が対応に困ったケースは?」の一点です。実例があれば自社業種に即したマニュアルが書け、研修もリアリティを持って機能します。

番頭代行サービスでは、社外CFO/COO/CHRO/CMOとして、就業規則改定の論点整理、マニュアル作成と研修の伴走、対応コスト見積もり、社内発信の設計まで横断的に支援します。「うちの規模で何から始めれば」など整理段階のご相談で構いません。30分の無料相談で論点を整理するだけでも次の一手が見えます。

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