「月次の数字は毎月まとめているのに、院長への報告がうまくいかない」。クリニックの事務長からよく聞く悩みです。
数字を「集計する力」と「読み解いて提案に変える力」は別物です。人件費率ひとつとっても、その背景にある構造を知らなければ正しい判断に結びつきません。
本記事では、クリニック事務長が現場で使える経営指標の読み方を、よくある誤解や2026年診療報酬改定の影響と合わせて解説します。
クリニックの人件費率 — 個人24.6%と法人49.0%の差はなぜ生まれるか
結論から言えば、「高いかどうかは会計処理の構造が違うため、そのまま比較できない」が答えです。
厚生労働省の第24回医療経済実態調査(令和5年実施)によると、無床診療所の人件費率は以下の通りです。
- 個人クリニック: 約24.6%
- 医療法人: 約49.0%
この差はおよそ2倍。数字だけ見ると、医療法人は人件費が膨らみすぎているように思えます。しかし、差の正体は経営効率の違いではなく、院長(理事長)の給与が「どこに計上されるか」の違いです。
個人と法人で「利益の意味」が違う
個人クリニックの院長にとって、利益がそのまま院長の所得です。スタッフへの給与・家賃・医薬品費を差し引いた残りが院長の取り分になり、院長自身への給与は人件費に計上されません。
一方、医療法人では理事長が役員報酬を受け取ります。この報酬は費用として計上されるため、人件費率に含まれます。報酬を差し引いた後の利益は法人に帰属します。
同じモノサシで比較する方法
正しく比較するには、個人・法人どちらも「院長の取り分を含めた費用の総量」で並べる必要があります。
たとえば医業収益8,000万円のクリニックで比較すると、次のようになります。
| 項目 | 個人クリニック | 医療法人 |
|---|---|---|
| スタッフ人件費 | 1,968万円 | 1,968万円 |
| 院長の取り分 | 費用計上なし(利益で受取) | 役員報酬として費用計上 |
| 院長手残り | 利益の全額 | 役員報酬分(追加配当等は別途) |
「個人は利益率が高くて健全、法人は人件費が重い」という読み方は早計です。事務長としては、「院長がどれだけ取っているか」「法人に何が残っているか」を分けて把握した上で院長と数字を共有してください。
診療報酬改定+3.09%でクリニックは本当に増収になるか
2026年度(令和8年度)の診療報酬改定率は本体+3.09%(2年度平均)。30年ぶりの3%超と報じられていますが、「改定率=増収率」ではありません。
改定率の内訳を分解する
+3.09%の主な内訳を見ると、構造が明確になります(出典: 厚生労働省, 2026年度診療報酬改定)。
- 賃上げ対応分: +1.70%
- 物価対応分: +0.76%
- 食費・光熱水費分: +0.09%
- 経営環境悪化への緊急対応分: +0.44%
- 処方調剤等の適正化分: -0.15%
- その他(評価組み替え等): +0.25%
改定率の過半が賃上げ・物価対応であり、増収分はそのままコスト増の補填に回る構造です。なお、2026年度単年の改定率は+2.41%、2027年度が+3.77%と段階的に引き上げられる設計です。
月間再診1,000人のクリニックで試算する
具体的に試算してみましょう(出典: GemMed, m3.com 2026改定点数資料)。
- 再診料 +1点(+10円)x 1,000人 = +10,000円/月
- 外来・在宅物価対応料 +2点(+20円)x 1,000人 = +20,000円/月
- ベースアップ評価料(新規賃上げ)再診 +4点(+40円)x 1,000人 = +40,000円/月
- 合計: 約+7万円/月(年間+84万円)※2024年度からの継続算定施設は再診+6点のため約+9万円/月
年間84万円の増収は、スタッフ1人分の賃上げ(月+7万円)でほぼ相殺されます。「改定があったから大丈夫」という楽観は禁物です。
事務長が今確認すべきこと
改定で増収を確実に得るために、「ベースアップ評価料の届出が完了しているか」を確認してください。賃上げを実施しているのに届出が漏れていると、コスト増分だけが発生し加算収入が得られません。届出状況は院長・税理士・社労士と早めに確認することをお勧めします。
経営指標の読み方や届出の確認に不安がある方は、番頭代行の無料相談をご活用ください。約30分、費用は無料です。「まだ何も決めていない」段階でもお気軽にどうぞ。
クリニック経営指標は「組み合わせ」で読む — 事務長の報告術
経営指標を1つだけ見て判断するのは、体温だけで病名を診断するようなものです。複数の指標を掛け合わせることで、状況の読み解き精度が上がります。
人件費率 x 収益成長率
人件費率が上昇していても、収益も同時に伸びているなら「成長投資中」と判断できます。逆に、人件費率が上がり収益が横ばいまたは低下している場合は、スタッフ過剰か収益構造の悪化を疑います。コスト構造の見直し方については「クリニックのコスト削減実務」で具体的な手順を解説しています。
レセプト枚数 x 診療単価
患者数が増えているのに売上が伸びないなら、軽症患者の比率増加や算定漏れが疑われます。患者数が減り単価だけ上がっている場合は、患者離れのサインかもしれません。
院長を動かすのは「危機感」ではなく「選択肢」
指標を読み解いた後、最も大切なのは院長への伝え方です。
危機感で訴えると、院長は防衛的になり行動に結びつきにくくなります。効果的なのは、選択肢を提示する方法です。
- A案: 現状維持のまま3年後の収支シミュレーション
- B案: ベースアップ評価料を届け出た場合の増収効果
- C案: 自由診療比率を5%引き上げた場合の収益変化
院長が動けるのは「選択肢が明確になったとき」です。数字を選択肢に変換するのが、事務長の腕の見せどころです。
医療法人の理事長報酬 — 事務長が管理すべき3つの確認アクション
医療法人の理事長報酬は、税務上「定期同額給与」として扱われます。期中の変更は増額分が損金算入されないリスクがあるため、確認のタイミングを逃さないことが事務長の役割です。
具体的には、以下の3つを年間タスクとして管理してください。
1. 期首3ヶ月以内に税理士へ「今期の役員報酬は変更しますか?」と確認する
事業年度開始から3ヶ月以内が、報酬変更の唯一の通常タイミングです。税理士から連絡が来るのを待つのではなく、事務長側から確認を入れてください。4月が期首なら6月末が期限です。
2. 社員総会議事録の作成・保管状況を毎期チェックする
報酬を決定(または据え置き)した社員総会の議事録は、税務調査時の根拠書類です。「誰が作成し、どこに保管しているか」を事務長が把握しておいてください。担当が曖昧なまま放置されているケースは少なくありません。
3. 院長から報酬変更の相談を受けたら、時期を確認して税理士につなぐ
「報酬を増やしたい」と院長から相談を受けた場合、期首3ヶ月以内かどうかで選択肢が変わります。期中であれば次期への持ち越しになる可能性を伝え、税理士との打ち合わせを設定してください。
まとめ — 数字を集めることより、院長が判断できる言葉に変換すること
毎月の数字を丁寧にまとめているのに、院長の反応が薄い。その原因は、集計の精度ではなく「伝え方」にあるのかもしれません。
数字を集めることより、それを院長が判断できる言葉に変換すること。それが事務長の報告を「作業」から「提案」に変える分岐点です。
今月の人件費率を「院長の取り分を含めた補正後の数値」で再計算するところから、ぜひ始めてみてください。
「数字を読み解く時間が取れない」「院長と税理士の間で板挟みになっている」。そうした事務長・管理職の負担を構造的に解消する方法は「番頭代行がクリニック院長の管理業務負担を解消するしくみ」でご紹介しています。
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よくある質問
Q. クリニックの人件費率の適正値はどのくらいですか?
個人クリニックで約24.6%、医療法人で約49.0%が平均値です(第24回医療経済実態調査、令和5年実施)。ただし、本記事で解説した通り個人と法人では院長報酬の計上方法が異なるため、単純比較はできません。自院の数値を判断する際は、院長の取り分を含めた補正後の比率で見ることをお勧めします。
Q. 2026年診療報酬改定で事務長がまずやるべきことは何ですか?
ベースアップ評価料の届出状況を確認してください。賃上げを実施しているのに届出が漏れていると、コスト増分だけが発生し加算収入を逃します。院長・税理士・社労士と連携して、届出漏れがないか早めに確認することが最優先です。
Q. 経営指標を院長にうまく報告するコツはありますか?
「A案・B案・C案」のように選択肢を提示する報告が効果的です。「経営が危ない」という危機感の訴えは防衛反応を招きやすく、院長の行動に結びつきにくい傾向があります。数値を「院長が選べる具体的な選択肢」に変換して伝えてみてください。
参考資料
- 厚生労働省「第24回医療経済実態調査」(令和5年実施)
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定」
- GemMed「2026年度診療報酬改定答申(物価・賃上げ対応)」
- GemMed「2026年度診療報酬改定答申 初診料・再診料等」
- ソラスト「クリニックの人件費率の平均は?適正化・見直しの注意点と安定した経営を目指す秘訣」(2026年1月更新)


