報酬もなく、評価する権限もない。それでも8人の仲間が半年間ずっと自分から動き続けてくれた——。私が幹事代表を務めた、ある同窓会の話です。経営書から学んだのではなく、ある私的な活動での気づきが、いまの中小企業・クリニックの経営支援の根っこにあります。
「評価制度をきちんと整えたのに、現場が思うように動いてくれない」。中小企業の経営者やクリニックの院長から、スタッフの自発性や離職をめぐって最もよく受ける相談がこれです。評価制度をどれだけ精緻にしても、指示しなければ動かない——という手詰まり感がそこにあります。この記事では、その同窓会で起きたことを手がかりに、役職や評価「だけ」に頼らずスタッフの自発性を引き出す組織運営のつくり方を、会社・クリニックへの読み替えとあわせてお話しします。
この記事でわかること
- 報酬も評価もない組織が自走した理由と、その背後にある「ポジティブドリブン」という考え方
- 自発性を生んだ5つの原則と、それぞれの会社・クリニックへの読み替え
- 個々の打ち手より大事な「リーダー自身の当事者意識」という根っこ
- 役職・評価制度のある会社組織でこそ、この考え方が効く理由
報酬も評価もない同窓会が、なぜ半年も自走したのか?
結論から言えば、人を動かしていたのは「やらされ感」ではなく「自分がこの場をつくっている」という手応えでした。
舞台はある小学校の同窓会です。集客、先生対応、予算・会場の手配、設営、企画、当日のMCといった役割を、8人のボランティア幹事で分担しました。報酬もなければ、誰かが誰かを評価する権限もありません。本業を抱えた社会人どうしの余暇の活動です。それでも約半年間、まるで「大人の文化祭」のようなノリで全員が自走し、当日は約30名が再会、0次会から4次会まで約18時間に及ぶ会になりました。
この「人はどういうときに自分から動くのか」という問いは、実は多くの会社・クリニックの悩みと根が同じです。そして、これは社会全体の課題でもあります。
米ギャラップ社の調査では、日本の「仕事に熱意を持つ従業員」の割合はわずか8%で、世界平均20%・東アジア平均18%を下回る世界最低水準でした(ギャラップ「State of the Global Workplace」2025年調査)。熱意の低さによる機会損失は年間86兆円超とも試算されています(ギャラップ、2023年データ・2024年発表)。
制度を整えても前のめりさが生まれない職場は多い。だからこそ「評価権限ゼロ」の同窓会は、人を縛る道具がない分、自発性そのものを、よけいな要素なしで観察できる場でした。
ポジティブドリブンとは何か?評価制度だけでは動かない理由
ポジティブドリブンとは、「自分が動いた結果、誰かが喜んでいる」という手応えを原動力にする設計のことです。評価や報酬はその外側を支える補強にすぎず、手応えを主軸に置くことが出発点になります。
人がもともと持つ「やってみたい」という気持ちを、心理学では内発的動機と呼びます。この内発的動機について、自己決定理論ではこう説明します。次の3つが満たされると、人は自分から動く、と(Applied Psychology誌、2025年)。
- 自分の意思で選べること(自律性)
- できるという手応え(有能感)
- 誰かとつながっている感覚(関係性)
同窓会を振り返ると、この3つが意図せず満たされていました。役割を自分で選び、できることが目に見えて増え、仲間と一緒につくっている実感がある。だから外からの圧力がなくても熱が続いたのです。
一方、報酬や評価という「外からのごほうび」は、使い方を誤ると自発性を冷やします。もともと楽しんでやっていたことに報酬を持ち出すと、人は次第に「報酬のためにやっている」と感じ、本来の「やりたい」が薄れていく。報酬がかえって逆効果になる現象として古くから知られているもので、1973年以来くり返し確認されてきました(アンダーマイニング効果。Lepper et al., 1973)。
誤解してほしくないのは、これは「評価制度をやめましょう」という話ではない点です。問題は制度の有無ではなく、その置きどころにあります。手応えを土台にして評価を添えれば、人は自分なりに工夫します。ところが評価そのものが目的になると、「クリアできれば十分」という最低限の行動に収束し、期待を超える工夫が静かに消えていきます。
スタッフの自発性を生んだ原則とは?会社・クリニックへの読み替え
同窓会の自走を5つの原則に整理しました。それぞれを「同窓会での具体」「なぜ効くのか」「会社・クリニックへの読み替え」の順でたどっていきます。
原則1:役割は「押し付け」でなく「立候補」で埋める
当事者意識は、割り当てられた役割よりも、自分で手を挙げた役割に宿ります。同窓会では、堅苦しい役割分担にせず「どれをやってみたいか、早い者勝ちで」という軽いノリで手を挙げてもらいました。やりたい役を選び合うなかで「それ、俺がやりたかったのに」という声が上がるほど、最初の打ち合わせから和やかな取り合いが生まれていたのを今でも覚えています。
立候補には、配置の質を上げる副次効果もあります。本当に効くのは職能スキルだけでなく、その人ならではの人脈・経験・得意まで含めた適材適所の配置です。自分から手を挙げた人ほど、自分にしかない強みを惜しまず差し出してくれます。会社・クリニックでも、担当決めで指名の前に「やってみたい人はいますか」と手挙げの余地を残すだけで、関わり方は大きく変わります(後述する心理的安全性が前提になります)。
原則2:決定権を下に降ろし、主役を譲る
リーダーが「あなたが決めてください」と委ねるほど、メンバーは「自分がこの場を動かしている」と感じます。大事なのは、リーダーがどれだけ発信するかではなく、その発信の中身です。
実は、幹事グループで最も多く投稿していたのは代表の私でした。けれども、その投稿は「こうしてください」という指示ではなく、ほとんどが「お任せします」という委譲と「ありがとう」という承認でした。量が多くても効いたのは、中身が指示ではなかったからです。先生への挨拶や受付の顔役といった対外的な役回りも、あえて抱え込まず分散させました。代表が前に出て決めすぎないことで、一人ひとりが自分の持ち場の主役になれたのだと思います。
会社・クリニックでも変えるべきは発信の量ではなく中身です。権限による強制は「義務」を生みますが、信頼や承認を基盤とした関わりは「選択による貢献」を生むとされています(ウォートン・スクール、2021年)。
原則3:停滞しても催促せず、巻き取らない
人の動きには必ずむらがあります。それを前提に信じて待てるかどうかが分かれ目です。同窓会でも会場担当が中盤で一度止まりましたが、私は催促も巻き取りもせず、委譲したからには最後まで委ねると決めていました。結果、その担当は自分のペースで動き出し、きちんと会場を確定させてくれました。
巻き取り(遅いから自分でやってしまうこと)は、最も手軽で、しかし最も高くつく選択肢です。一度巻き取られた担当は「結局リーダーがやるなら頑張る意味はない」と感じ、当事者意識を失います。
ただし、待てるのは締切までのバッファがあるあいだだけです。バッファが尽きてもなお止まっているなら、「催促」ではなく「一緒にやろうか」という伴走に切り替える。待つことと見捨てることは違います。
この「待つ」を支えていたのが、責められないという安心感でした。会場担当が後から「あの時期はうまく動けていませんでした」と正直に打ち明けてくれたのも、その安心感があったからです。会社・クリニックでも「停滞=即介入」と短絡せず、まず一度待ってみる。それだけで関わり方が変わります。
こうした安心感は、心理的安全性と呼ばれるものです。「率直に発言したり失敗したりしても大丈夫だ」という感覚を指し、チームの成果を最も強く左右する要因の一つとされます(エイミー・エドモンドソン)。詳しくはクリニックの心理的安全性|連鎖退職を防ぐ院長の3つの習慣でも整理しています。
原則4:スタッフの貢献に必ず反応を返す——無反応を作らない
自発的な貢献が無反応のまま流れていく場では、貢献はやがて止まります。同窓会では、誰かが動いてくれたら必ずその場で「ありがとう」「すごい」と返しました。立派な評価コメントである必要はなく、形式ばった評価より即座の素朴な一言のほうが効きます。
この「一言を返すかどうか」の積み重ねが定着を左右することは、データにも表れています。質の高い承認を受けた従業員は、2年後に離職している確率が45%低いという調査結果があります(Workhuman & Gallup, 2024年。3,400人超を2年間追跡)。承認は感情論ではなく、人がその場に留まり続けるかに直結する設計要素なのです。会社・クリニックでも、進捗共有への返信、患者・顧客クチコミへのリアクション、朝礼での一言など、「無反応を作らない」だけでスタッフの空気は確実に変わります。
原則5:リテンションは「頻度設計」で場を絶やさない
長く続く取り組みでは、関心が冷めないように場を温め続ける設計が要ります。同窓会は発起から本番まで約9ヶ月の長期戦で、最大のリスクは途中で間延びして関心が薄れ、本番前にしぼむことでした。
そこで私たちは、層ごとに発信のスパンを変えました。中心メンバーである幹事のあいだでは、おおむね週次で実作業の動きが生まれるようにし、進捗が止まらないリズムを保ちました。一方、参加者全体である同窓生には、おおむね月次のペースで場を温めました。ここで効いたのが、ある幹事の存在です。彼は、告知すべき用件がない月でも、近況や雑談を交えた投稿で全体グループを定期的に動かし続けてくれました。
最も危険なのが「告知することが無いから発信しない」という判断です。用件がない期間こそ、関心は静かに冷めていく。過剰な通知で離脱を招かず、かつ空白で関心が冷えない——その両立が、中心メンバーは週次・参加者全体は月次という設計でした。
会社・クリニックでも同じです。社内チャットや全体共有で用件ゼロの空白期間を作らず、近況や小さな話題で場を温め続ける担当を1人置くだけで、組織の体温は保たれます。
なぜこれらはテクニック集ではないのか?
これまでの5つの原則は、覚えて使えば効く「テクニック集」ではありません。即レス、委譲、承認、待つこと、場を温め続けること——こうした打ち手は、テクニックとして暗記するものではなく、リーダーがその場を本気で「自分ごと」と捉えていれば自然に出てくるものです。順番が逆で、まず当事者意識があり、打ち手はそこから自然に出てくるのです。
私には、これを痛感した経験があります。同窓会の代表という当事者の立場では、誰かが自分から動いてくれたとき、労いや感謝を返すのに何のためらいもありませんでした。むしろ、返さず放っておくほうが居た堪れなかったほどです。ところが、過去に一般の参加者として他の集まりにいたときは、同じ「誰かの貢献に一言返す」という行動が、なぜか気恥ずかしくてできませんでした。同じ一言でも、当事者かどうかという立場の差で、すっと出るかどうかが変わったのです。
この差に気づいたとき、すべてが腑に落ちました。承認や委譲が「どうしてもできない」と感じるとき、本当に足りないのはテクニックではなく、リーダー自身のコミットメントなのだ、と。主体的に動いてくれた人に何も返さず平気でいられるなら、それは打ち手の問題以前に、その場を自分ごととして捉えられているかを問い直すべきサインです。
役職や評価のある会社・クリニックの組織運営でこそ、なぜ効くのか?
「同窓会だから自走したのであって、会社は違う」と感じた方こそ、ここで立ち止まってください。同窓会は、評価も報酬もない「いちばんシンプルな組織」です。会社やクリニックは、そこに役職や評価が足された状態にすぎません。土台にある「人が自分から動く仕組み」そのものは、どちらも変わらないのです。
むしろ注意すべきは、役職や評価という道具を持つリーダーほど、それ「だけ」で人を動かそうとしがちな点です。指示と評価で引き出せるのは「言われたこと」までで、便利な道具があるがゆえに手前の場の設計をおろそかにしてしまう。
これはクリニックの現場でも切実です。正規雇用の看護職員の離職率は11.0%と、人の入れ替わりが構造的に続いています(日本看護協会「2025年病院看護実態調査」、2024年度データ)。給与や評価制度だけでは定着も自発性も支えきれないことを、この数字は静かに物語っています。役職や評価を補強の位置へ置き直し、日々の小さな承認や委譲、そして「待つ」と「場を温める」を主軸に据える。この転換こそが、人が辞めない・自分から動く組織への近道です。日々の対話の設計についてはクリニックの1on1面談設計|離職を防ぐ扱う/避けるテーマと質問の型もあわせてご覧ください。
うまくいかなかったことはなかったのか?
正直に申し上げると、反省点もありました。
ひとつは、会場手配の要件定義の甘さです。外部に何かを手配してもらうときは、人数・予算・期限といった条件を最初にきちんと定義すべきでした。それを怠ったために、会場選びが直前まで二転三転しました。
もうひとつ、より痛烈だったのが、献身的なメンバーへの負荷集中です。ある幹事が、案内状を一枚ずつ手書きで代筆し続けてくれていました。あまりに丁寧に何枚も書くので、腱鞘炎になりかけたほどです。ところが他の幹事たちは、その案内状を印刷したものだと思い込んでいて、一枚ずつ手書きしている労力に誰も気づいていませんでした。後になってそれが手書きだと分かり、全員が驚きました。本人だけが黙々とその負担を背負い込み、誰にも共有されていなかったのです。
ここから学んだのは、「信じて任せる」委譲は大切だけれど、「任せる=仕様も伝えず丸投げする」ではない、ということです。成果物の最低限の仕様や許容されるやり方の幅は明示したうえで、どうやるかの裁量を委ねる。この線引きが抜けると、善意のメンバーほど一人で抱え込んでしまいます。「人の自発性に任せる」ことと「何も設計しない」ことは違う——その線引きこそがリーダーの設計力なのだと、身をもって学びました。
まとめ:制度の手前にある「場の設計」から
人が自分から動くかどうかは、評価制度の精緻さよりも、「自分が動いた結果、誰かが喜んでいる」という手応えがその場にあるかで決まります。
手挙げで役割を埋め(原則1)、決定権を譲り(原則2)、信じて待ち(原則3)、貢献に必ず反応を返し(原則4)、場の温度を絶やさない(原則5)。そしてそれらすべての根には、リーダー自身がその場を自分ごととして捉えているか、という一点があります。打ち手はテクニックではなく、当事者意識の発露だからです。
「評価制度を整えたのに現場が動かない」と感じたとき、変えるべきは制度そのものより、その手前にある日々の場の設計かもしれません。どこから手をつけるかは、外からの視点があったほうが見えやすいものです。
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人が自発的に動く組織づくり、一緒に考えてみませんか?
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参考資料
- Gallup State of the Global Workplace 2025 | Japan Country-Level Data
- 日本の「熱意ある社員」割合と経済損失に関する報道(PR Newswire, 2024)
- Employee Retention Depends on Getting Recognition Right(Gallup, 2024)
- Crafting for autonomy, competence, and relatedness: A self-determination theory model(Applied Psychology, 2025)
- Overjustification effect(Wikipedia)
- Psychological Safety – Amy C. Edmondson
- Influencing Without Authority: A Four-Part Formula(Wharton, 2021)
- 正規雇用看護職員の離職率は11.0%/日本看護協会調査(JILPT, 2026)



