個人事業主の値決め戦略 — 仕事が足りない不安と「切られる怖さ」から抜け出す5つのステップ

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「値上げしたいけれど、切り出したら『じゃあ、もういいです』と言われそうで怖い」

「そもそも仕事が足りていないのに、安い仕事まで断るなんて無理だ」

「忙しく働いているのに、手元にお金がほとんど残らない」

ひとりで事業を回していると、こうした感覚を一度は抱くものです。

値決めの話は「仕事を選べる強い人だけのもの」に聞こえるかもしれません。けれど、お伝えしたいのは逆のことです。値決めは、むしろ仕事が足りなくて不安な人こそ、安売りの悪循環から抜け出すために必要になります。安く受け続けると、いつまでも安いまま忙しい、という状態が固定されてしまうからです。

もちろん、値決めだけで仕事は増えません。営業して仕事を取ることと、適正な値段で受けることは両輪です。本稿は「取った仕事をどう値付けすれば、少しずつ楽になっていけるか」という話だとお考えください。

背景を少しだけ。インボイス制度に登録した事業者のうち、消費税分を価格へ転嫁できたのは18.7%にとどまるという調査があります(フリーランス白書2025)。多くの方が、増えた負担を自分で飲み込んでいるということです。一方で、2024年11月1日に施行されたフリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)では、報酬の不当な減額やいわゆる「買いたたき」が禁止行為として明文化されました。価格を守る・上げる動きには、法的な後ろ盾も整いつつあります。

それでは、番頭の目線で5つのステップに整理してお伝えします。

そもそも、なぜ個人事業主は安売りしてしまうのか?

「価格を決める基準を持っていない」からです。基準がないと、相手の提示額や同業者の相場、そして「断られたくない」という気持ちに流され、価格が下へ下へと引っ張られていきます。

仕事が足りないと感じるときほど「とりあえず受けておかないと」が先に立ちます。自然な反応で、責められるものではありません。ただ厄介なのは、一度下げた単価は元に戻しにくいことです。最初の金額がその取引の基準になり、次の交渉でも「前回はこの値段だったのに」となりがちです。

だからこそ、感覚ではなく数字で「これ以下だと自分が苦しくなる」という線を持っておくことが効いてきます。攻めの武器ではなく、不安なときに足元を支える守りの数字です。

ステップ1:自分を守る最低単価はどう計算する?

必要な手取りと経費から逆算します。「(目標の年間手取り+年間経費+税・社会保険料)÷ 年間の稼働可能時間」で、これを下回ると赤字になる「守るべき最低時給」が出ます。考え方の土台は、損益分岐点(これ以上売れば黒字、下回れば赤字になる売上ライン)という発想です。法人経営でよく使われますが、個人事業主にもそのまま応用できます。

前提を置いた試算例で計算してみます。なお以下は統計ではなく、わかりやすさのために置いた仮の前提です。

  • 目標とする年間の手取り:約360万円
  • 年間の経費(通信費・ソフト・交通費など):約60万円
  • 税・社会保険料の概算:約80万円
  • 合計した必要売上:約500万円

次に、年間で請求できる時間を考えます。仮に1日6時間の実働、月20日、年間約230日とすると約1,380時間。切りよく1,400時間とします。すると、500万円 ÷ 1,400時間 = 約3,570円。これが「下回ると生活が赤字になる」ラインです。

ただし稼働時間のすべては請求できません。営業・打ち合わせ・請求書発行・学習などの「非請求時間」を差し引くと、必要な時給は3,570円よりさらに高くなります。

まずは、ご自身の必要売上と請求可能時間をざっくり書き出してみてください。「自分の最低時給は約◯◯円」と分かるだけで、不安なときの拠り所になります。すぐ全部の単価をこの水準にする必要はありません。「守るべき床がどこか」を知ることが第一歩です。

ステップ2:安い仕事は、なぜ「安いまま忙しい」を固定してしまうのか?

安い仕事には、目に見えないコストが隠れているからです。報酬の安さだけでなく、次のチャンスを準備する時間と気力まで奪っていく点が見落とされます。

安い仕事で一日が埋まると、新しい営業や、単価の高い仕事につながるスキル磨きの時間が残りません。疲弊して納品に追われ、気づけばまた次の安い仕事を探している。こうして「仕事が足りない→安く受ける→忙しくて営業できない→また足りない」という輪が回り続けます。安く受けることが、皮肉にも仕事不足そのものを固定してしまうのです。

とはいえ「安い仕事は全部断りましょう」とは言いません。足りていない状況でいきなり収入の柱を手放すのは現実的ではなく、怖いのが当たり前です。現実的なのは、輪を一気に断ち切ることではなく少しずつほどくこと。次の段階的な進め方が無理なく始められます。

  • 新規の仕事から、単価を少しだけ上げる:すでに受けている仕事はそのままで、これから受ける見積もりだけを床に近づけます。今ある収入を失わずに試せます。
  • 安い仕事の比率を、時間をかけて入れ替える:最も割に合わない仕事から順に手を離し、条件のよい仕事に時間を空けます。
  • 空いた時間を、必ず営業か学習に回す:ここではじめて悪循環が逆回転を始めます。

全部か無かで考えないこと。今日ひとつ、新しい見積もりの数字を少しだけ上げる。それだけで輪はゆっくりほどけ始めます。

ステップ3:時間で売るのをやめると、単価の天井は外せる?

外せます。鍵は「バリューベースプライシング」、自分が働いた時間ではなく、顧客が得る成果や価値を起点に値段を決める考え方です。

時間で値付けするかぎり、単価には「1日に働ける時間 × 時給」という天井ができます。どんなに効率を上げても逃れられません。顧客が得る価値から考えると、この天井が外れます。

「自分に誇れる価値なんてない」と感じる方もいるでしょう。けれど必要なのは特別な自信ではなく、顧客がすでに得ている成果を言葉にすることです。あるお店のチラシ制作なら、時間で値付けすれば「制作10時間 × 時給」。でも、そのチラシで来客が増えているなら、あなたの仕事は「作業10時間ぶん」ではなく「お店の売上をつくる仕事」です。まずは自分の仕事で相手がどんな成果を得ているかを書き出す。値付けはその言語化から始まります。全案件を一度にこの方式にする必要はなく、成果が見えやすい仕事ひとつで練習するのが現実的です。

ステップ4:価格はどう伝えれば、値引き圧力に負けないか?

「なぜこの価格なのか」を言葉にし、選択肢を用意して伝えます。価格そのものより、伝え方で受け取られ方は変わります。

ひとつめは、価格の根拠を示すこと。見積書に工程・成果物・おおよその工数を分けて書くだけでも、「なぜこの金額か」が伝わります。「前回の施策で問い合わせが◯割増えた」など、相手が得た成果を添えればさらに説得力が増します(ステップ3で書き出した成果がそのまま使えます)。

ふたつめは、松竹梅の3段階で提示すること。1つの価格だけだと判断は「頼むか・頼まないか」ですが、ライト・スタンダード・プレミアムと3つ用意すると「どれにするか」へ変わります。高めのプレミアムを先に見せると、真ん中が手頃に感じられやすくなる心理(アンカリング)も働きます。

みっつめは、ステップ1の最低単価を心の基準にすること。床を下回る依頼が来ても、線が見えていれば気持ちが揺れても踏みとどまれます。一度の例外が次回以降の基準になることは、ステップ2のとおりです。

ステップ5:値上げで「切られる」のが怖い。どう乗り越えればいい?

「全員に一斉に上げる」のではなく「新規客から先に、既存客は段階的に」進めれば、切られるリスクはぐっと小さくできます。値上げ=全取引を失うか守るかの賭け、と考えると身動きが取れませんが、実際はもっと刻んで進められます。

いちばんの恐怖は「値上げを切り出した瞬間に切られること」でしょう。当然の怖さです。だからこそ、賭けにしないことが大事です。

まず、新規客から先に上げること。これから受ける見積もりだけを上げれば今ある収入は失わず、「上げた価格でも受注できるか」を試せます。既存客はしばらく据え置き、あるいは契約更新のタイミングで段階的にと分ければ、一度に大きく失う事態は避けられます。

次に、一部の客が離れても、残った客で手取りはむしろ増えることがある点。前提を置いた試算例で見ます(統計ではなく仮の数字です)。

  • 値上げ前:1件3万円の仕事を月10件 = 月30万円
  • 値上げ後:1件4万円に改定。納得しない2件が離れ月8件 = 月32万円

取引数は10件から8件へ減りましたが、手取りは月30万円から32万円へ増えています。作業量は2件ぶん減り、空いた時間を営業や単価の高い仕事に回せます。離れていくのは多くの場合、最も安く買い叩いてくる下位の取引先。残るのは、あなたの仕事に価値を感じてくれる相手です。

伝え方のこつは2つ。第一に、値上げの理由を示すこと(ツール費用や作業範囲の見直し、これまでの成果を根拠に)。第二に、十分な予告期間を取ること。「来月から」ではなく「数か月先の契約分から」と伝えれば、相手も準備でき唐突な印象を与えません。

そのうえで、一部の離脱ははじめから織り込んでよいと考えてください。全員に受け入れられる必要はありません。フリーランス新法(2024年11月施行)で買いたたきが禁止されたことも、適正な価格を求めるあなたの後ろ盾になります。

参考までに、既存客への通知文の例です。高圧的にならず、配慮を示しながら伝えるのがこつです。

平素より大変お世話になっております。

日頃のご愛顧に心より御礼申し上げます。さて、制作・運用にかかるツール費用および作業範囲の見直しに伴い、誠に勝手ながら〇〇〇〇年〇月〇日のご契約分より、料金を下記のとおり改定させていただきたく存じます。

・現行:◯◯円 → 改定後:◯◯円

引き続き、変わらぬ品質でお力になれるよう努めてまいります。ご不明な点がございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。

「事業を続けるために必要な改定です」と、静かに正面から伝えれば十分です。

まとめ:弱い立場でも、今日から少しずつ単価は整えられる

値決めとは、仕事を選べる強い人だけのものではなく、不安な立場の人が事業を続けるための守りの経営判断です。最低単価という床を知り、安い仕事が悪循環を固定する構造に気づき、成果から値付けし、根拠を添えて伝え、新規客から少しずつ整えていく。どれも今日から一歩ずつ始められます。全部を一度にやる必要はありません。まずはステップ1の床を計算し、次の見積もりをほんの少しだけ上げてみる。それだけで、輪はゆっくりほどけ始めます。

ここで使った最低単価の逆算は、もともと法人経営で「管理会計」と呼ばれる領域の考え方で、個人事業主にもそのまま応用できます。より体系的に学びたい方は管理会計とは何かを、空けた時間の使い方は1人社長の時間管理もあわせてご覧ください。

事業が育ち、法人成りや規模拡大を考える段階になると、価格設計だけでなく資金繰りや管理会計を継続的に見てくれる相談相手が必要になります。私たち番頭代行(社外のCFO/COO/CHRO/CMO機能)は、まさに「数字で経営を守る伴走役」です。月単位の顧問という形で、価格戦略や資金繰りを一緒に組み立てます。どこまで頼めるかは個人事業主に社外番頭は必要かで正直にお伝えしています。

ご自身の値決めを一緒に見直したい個人事業主・経営者の方は、番頭代行の無料相談からお気軽にご相談ください。

参考資料