「あの人が辞めたら会社が回らない」を防ぐ人材BCP — 中小企業のための退職リスク経営

Business professionals in a meeting around a table.
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「いまウチの幹部が辞めたら、正直、会社が回らないかもしれない」。経営者同士で本音を交わすと、必ず一度は出てくる話題ではないでしょうか。中堅・中小企業ほど、一人ひとりが担う守備範囲が広く、業務知識や顧客との関係性が特定の人に集中しがちです。日々の数字を追いかけているあいだに、いつしか「あの人がいないと止まる仕事」が積み上がっていく。これは多くの経営者に共通する、静かで、しかし重い経営リスクです。

本記事では、このリスクを「気合いと運」で乗り切るのではなく、自然災害への備えと同じように、事前設計で備えるべき経営テーマとして整理します。キーワードは「人材BCP(事業継続計画)」です。

この記事の結論(3行サマリー)

  • 従業員退職型倒産は2024年に過去最多87件(前年比約30%増)。「人がいる前提」の事業計画はもう成り立たない
  • 退職リスク対策の本質は「引き止める」ではなく「辞めても回る設計にする」。これを人材BCPと呼ぶ
  • 着手順は3ステップ。①キーパーソン依存度の見える化 ②退職コスト試算(年収の50〜200%が目安) ③採用設計と引継ぎ設計の同時着手

「従業員退職型倒産」が2024年に過去最多87件まで増えた

退職と人手不足は、すでに倒産の直接原因にまでなっています。気合論ではなく、数字で押さえておくべき経営テーマです。

帝国データバンクの調査によると、従業員の退職を主因とする「従業員退職型倒産」は2024年に87件発生し、過去最多を更新しました。前年比で約30%増という伸び率です(帝国データバンク, 2024年)。同じ機関の別調査では、人手不足倒産が2024年度に350件と2年連続で過去最多を更新しており、そのうち約79%が従業員10人未満の小規模事業者でした(帝国データバンク, 2024年度)。

「景気が悪くて潰れる」のではなく、「人が足りずに、あるいは辞められて潰れる」局面に入っているということです。さらに、厚生労働省の雇用動向調査によれば、全産業の離職率は15.4%(厚生労働省, 令和5年)。中小企業白書では中途採用がメインの企業が約60%を占め、採用課題の1位は「応募が少ない(61.1%)」、2位は「指導する人材の不足(23.6%)」、「早期離職が多い(17.1%)」も上位に並びます(中小企業庁, 2024年版中小企業白書)。

採りにくく、辞めやすい。そのうえ辞めた人の穴が、すぐには埋まらない。この三重苦のなかで、「人がいる前提」で組み立てた事業計画は、想像以上にもろいものになっています。バックオフィスの採用難そのものについては中小企業のバックオフィス採用難を解決する3つの選択肢でも詳しく整理しています。

キーパーソン1人の退職コストは年収の50〜200%(年収500万なら最大1,000万円)

数字で見ると、退職コストの大きさが一気に立体的になります。

SHRMやGallupの推計をまとめたPeopleKeepの整理では、1名の退職交代コストは年収の50〜200%とされています(PeopleKeep)。仮に年収500万円のマネジメント人材が辞めた場合、採用・教育・生産性低下を含めると、250万〜1,000万円の損失が発生し得るということです。

採用単価の側面でも、中小企業(従業員50人以下)における1名あたりの平均採用コストは21.5万円(起業メディア調べ)、専門職・管理職クラスでは年収の20〜35%にのぼる、というデータがあります(Workship ENTERPRISE)。年収600万円の管理職を1人補充するなら、エージェントフィーだけで120万〜200万円規模になり得る計算です。

しかも、これは「採用にかかるお金」だけの話です。実際には、引継ぎ期間中の生産性低下、顧客対応のミス、残ったメンバーの残業増加と疲弊、ひいてはその余波での連鎖退職といった「見えにくいコスト」が積み上がっていきます。経営の現場で「辞めてから初めて、その人の重みに気づく」現象は、感覚ではなく、構造的に発生しているのです。

退職リスクを「人材BCP」で捉え直す3つの転換

退職リスクは「人材BCP(Business Continuity Plan)」として再定義することで、議論の土俵が変わります。

中小企業庁のBCP策定ガイドラインでは、特定の従業員に業務が集中している状態を、事業継続上のリスクとして明確に位置づけています(中小企業庁, BCP策定運用指針)。自然災害や情報システム障害と同じレイヤーで、「キーパーソンが急にいなくなる」事態を想定し、代替体制を準備しておきましょう、という考え方です。

人材BCPの発想に切り替えると、議論のテーブルが変わります。

  • 「退職を引き止める」から「辞めても回る設計にする」へ
  • 「優秀な人を採る」から「優秀な人がいなくても破綻しない仕組みを持つ」へ
  • 「個人の頑張り」から「組織としての継続力」へ

退職を完全にゼロにすることは不可能です。だからこそ、「誰かが抜けても、許容範囲内のダメージで事業を継続できる」状態をゴールに置きます。これが人材BCPの考え方です。

属人化は「短期合理性の罠」で固定化する

属人化の厄介さは、平時には誰も困らない点にあります。むしろ、「あの人に任せておけば回る」状態は、短期的には極めて効率がよく見えます。

中小企業向けの調査によると、約4社に1社が「業務知識の属人化」を人材育成上の課題として認識しています(IT trend, ナレッジマネジメント関連調査)。裏を返せば、大多数が問題を認識しないまま固定化させているということです。

属人化が固定化される典型パターンは、おおむね次の3つです。

  1. 「教えるより自分でやったほうが早い」問題: ベテランほど業務効率が高く、後進への教育時間が惜しい
  2. マニュアル化の費用対効果が見えにくい問題: 短期売上に直結しないため、繁忙期になると後回しになる
  3. キーパーソン本人にとっての心地よさ問題: 自分しかできない仕事があることで、社内での存在価値と裁量が確保される

つまり、属人化は誰か一人のサボりではなく、組織と本人双方にとって短期的な合理性がある状態として、自然と固定化していきます。経営者が意図的に介入しないかぎり、放置されるのが標準パターンです。属人化の解消手順そのものについては中小企業の属人化を解消する3ステップ|業務棚卸しから始めるでも詳しく取り上げています。

採用設計と属人化解消はセットで進める

属人化対策というと、「マニュアル整備」「OJTの仕組み化」が真っ先に挙げられます。もちろん大切ですが、それだけでは穴が残ります。本当の起点は、採用時点での要件設計にあります。

具体的には、求人を出す前に次の3点を整理することをおすすめしています。

  • その役割の業務範囲を、誰が見ても同じ粒度で書き出せるか
  • 業務の何%が再現可能で、何%がその人固有の経験・人脈に依存するか
  • 入社1年後・3年後にどのような状態になっていてほしいか

ここを曖昧にしたまま採用に踏み切ると、「ベテラン社員と同じ動きをしてくれる即戦力」を期待してしまいます。いざ採れても再現性のある業務設計がないため新人は途方に暮れ、早期離職を招きます。結果として「やはり◯◯さんの代わりはいない」と属人化が強化されます。

採用要件の言語化は、そのまま「誰でもキャッチアップできる業務の輪郭づくり」になります。採用と属人化対策は同じ施策の両面です。バックオフィス人材を「正社員で採るか・派遣か・外部委託か」の判断軸については中小企業のバックオフィス採用難を解決する3つの選択肢で整理しています。

人材BCPを実装した中小企業の数値事例

参考になる事例をご紹介します。いずれも、人材BCPの考え方を実装している取り組みです。

ひとつ目は、株式会社WOWOWコミュニケーションズの事例です。コールセンター業務のナレッジを動画マニュアル化したところ、年間の管理者工数を824時間、経費にして162万円削減できたと報告されています(Teachme Biz事例)。「教える時間がない」と感じている管理職こそ、動画化のリターンは大きい、ということを示すデータです。

ふたつ目は、ある食品製造企業のケースです。動画マニュアル導入によって、新人教育に必要なOJT工数が5〜6時間から1時間まで圧縮されました(同上)。教育時間が短くなることで、現場リーダーが本来の管理業務に時間を割けるようになっています。

共通点は、「個人の頑張りに依存しない再現可能な仕組み」を地道に組み込んでいる点です。派手な施策ではありませんが、こうした積み重ねが、退職が起きたときの揺れ幅を小さくします。

明日から着手する3ステップ(依存度マップ→コスト試算→引継ぎ設計)

優先順位をつけるなら、次の3ステップで進めるのが現実的です。

ステップ1: キーパーソン依存度の見える化

まずは、「この人が1か月不在になったら、どの業務がどれだけ止まるか」を、主要メンバーごとにマッピングします。ポイントは精緻なリスト化ではなく、リスクの高低を経営者自身が肌感覚で掴むことです。30分のホワイトボードワークでも十分に意味があります。

ステップ2: 退職コストの試算

次に、その人が辞めた場合の損失を概算します。年収500万円のキーパーソンであれば、年収の50〜200%、つまり250万〜1,000万円が一つの目安です。この数字を見ると、「マニュアル整備に月10万円かける」という投資判断がぐっと現実的になります。

ステップ3: 採用設計と引継ぎ設計の同時着手

採用要件を見直すタイミングで、その役割の業務を「誰でも再現できる部分」と「経験で補う部分」に分解します。再現可能な部分は文書化・動画化し、経験部分はメンター制度や定期的なケース共有でカバーします。この作業自体が、現職メンバーの業務理解を深め、属人化を自然に解いていきます。

最初の1週間は、①キーパーソン3名の依存度マップ作成(A4一枚)、②1on1で本人から「自分が1か月休んだら一番困ること」を聞き取り、③担当業務の手順を箇条書きで書き出す、の3点を回すだけで十分です。録画ツール(Loom等)で実作業を1本15分以内で撮影しておくと、後のマニュアル整備に直結します。社内に推進担当者がいない場合は、経営者自身が週に30分だけブロックすれば前進します。

「分かっているが手が回らない」を抜け出す番頭代行という選択肢

人材BCPに取り組むべき理由も、進め方の概要も、多くの経営者はすでに頭では理解されています。それでも進まないのは、目の前の売上・資金繰り・人繰りに毎日の可処分時間が吸い取られるからです。「重要だが緊急ではない」象限の典型で、推進役を専任で置けない中小企業ほど後ろ倒しになります。

打ち手はシンプルで、人材BCPの設計と実装は、経営者本人ではなく「経営の隣で考えながら手も動かす役割」を社内外に置くことです。社外CFO・社外COO・社外CHROといった機能を、必要な時間だけ買う発想です。

弊社の番頭代行サービスは、この立ち位置で、中小企業・クリニックの経営者の隣に座り、退職リスクの可視化から採用要件設計、属人化解消の仕組みづくりまでを伴走しています。「ウチの場合、どこから手をつけるべきか」と感じられた経営者の方は、一度状況をお聞かせください。御社の事業規模・体制に合わせた現実的な一歩を、一緒に整理します。

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参考資料