黒字化の、さらに手前にあった話 — あるクリニックの資金繰りの分岐点

黒字化の、さらに手前にあった話 — あるクリニックの資金繰りの分岐点(イメージ)
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開業してから1年。都内で内科を中心に診療する、あるクリニックでは、Googleのクチコミが500件を超え、開業から5ヶ月で黒字になりました。その1年の変化については、以前の記事で振り返っています(詳しい経緯はこちら)。

けれど今日お伝えするのは、その数字の、さらに手前にあった話です。黒字になるよりも前、まだ何の結果も見えていなかった時期に、実は資金繰りが静かに厳しくなりかけた局面がありました。

最初にお断りしておきます。これは危機を煽る話ではありません。「あなたの院も危ない」と不安をあおるための記事でもありません。過去にひとつのクリニックで実際に起きかけたことを、なぜそれが危機として表面化せずに済んだのか、という一点にしぼって振り返るための記録です。

この記事でわかること

  • 良い結果の裏で、資金繰りが静かに厳しくなりかけていたという事実
  • 創業期の資金繰りが「見えにくくなる」いくつかの構造
  • 早めに気づけたのは特別な予知ではなく「見る頻度」を変えただけだったこと

良い結果の裏にあった、もうひとつの分岐点とは?

結論からお伝えします。クチコミや黒字化という結果に至る手前で、このクリニックには手元の現金が少しずつ細っていった時期がありました。そのまま気づかれずに進めば、手元のキャッシュ(すぐ使える現金)が100万円を割り込みかねない局面まで近づいていたのです。

ただ、その局面は「危機」として表面化しませんでした。早めに気づいて、静かに手を打てたからです。結果として、その後は累積の赤字も11ヶ月で解消していきました。

ここで一番お伝えしたいのは、金額の大小ではありません。経営の危機というものは、多くの場合、派手な失敗として突然やってくるのではなく、静かに、誰にも気づかれないまま少しずつ進行する、ということです。

「事業が立ち行かなくなる」というと、大きな取引の失敗や売上の急減といった、はっきりした事件を思い浮かべるかもしれません。けれど実際には、利益が出ているのに手元の現金が続かず、自主的に店じまい(休廃業・解散)を選ぶケースが珍しくありません。自主的に事業をたたんだ(休廃業・解散した)企業のうち、黒字だった割合はおよそ半数(49.1%)にのぼる、という調査があります(帝国データバンク「2025年 休廃業・解散動向調査」)。別の調査でも、同じく休廃業・解散した企業の黒字割合は52.8%と報告されています(東京商工リサーチ「2025年 休廃業・解散動向調査」)。

「利益が出ているから資金繰りは大丈夫」とは、必ずしも言えないのです。繰り返しますが、これはこのクリニックで実際に起きかけた過去の一事例であって、他の院で同じことが起きると申し上げているのではありません。

創業期の資金繰りは、なぜ見えにくくなるのか?

創業期に資金繰りが見えにくくなるのは、院長先生の注意力の問題ではなく、いくつかの構造が重なるからです。

ひとつは、時間と気力の配分です。開業直後は、診療そのものに加えて、接遇の型づくり、スタッフの採用と育成、集患の立ち上げが、同時に走ります。目の前で人が動き、患者さんが待っている仕事には、どうしても先に手がいきます。いっぽうで資金繰りは、通帳や試算表(毎月の収支をまとめた表)を静かに眺める作業で、締め切りが目に見えにくい。だから「あとで見よう」が積み重なりやすいのです。

もうひとつ、クリニックには特有の時間差があります。保険診療の収入は、診療した月にすぐ入ってくるわけではありません。レセプト(診療報酬の請求書)を翌月に提出し、審査を経て、実際に医療機関へ支払われるのは診療のおよそ2ヶ月後です(社会保険診療報酬支払基金の支払予定に基づく)。つまり開業直後の1〜2ヶ月は、保険診療の入金がほぼゼロのまま、家賃も人件費も医薬品の仕入れも通常どおり出ていきます。売上の実感と、手元の現金の動きが、最初からずれているのです。

この時間差があるからこそ、開業の準備段階では手元に厚めの運転資金を用意しておくことが備えになります。業界では、少なくとも半年から1年分の運転資金を手元に置いておくことが一つの目安として語られます。ただ、いくら準備しても、診療が始まれば現金は日々動きます。用意した資金がどれくらいの速さで減っているのかは、開業してから毎月見ていないと分かりません。備えの厚みと、その後に見る頻度とは、別の話なのです。

そのうえ、数字を見る習慣そのものが、後回しになりがちです。小規模な事業者が資金繰りの相談先として挙げるのは、金融機関が63.3%、顧問税理士が45.1%。その一方で「どこにも相談していない」という方も16.6%、およそ6社に1社にのぼります(中小企業庁「2024年版 小規模企業白書」, 2024)。誰かと定期的に数字を見る場を持てているかどうかで、気づきのタイミングは静かに変わってきます。同じ白書では、売上高1千万円以下の事業者に限ると、売上や仕入れの集計をいまも手書きで行っている割合が55.5%にのぼる、という数字も示されています。数字を締めて眺めるところまでに、それだけ手間がかかるということです。これはあくまで実務家がよく指摘する傾向であって、すべての院に当てはまるものではありませんが、後回しが起きやすい土壌があることは確かです。

ここで一度、手を止めて考えてみてください。今の自院の資金繰りを、月に一度でも、落ち着いて数字で確かめられているでしょうか。決算のときに年に一度だけ、という状態では、静かな変化には気づきにくいかもしれません。これは責める問いではなく、点検のための問いです。

気づけたのは、特別な予知ではなく「見る頻度」だった?

では、このクリニックはなぜ、現金が細っていく局面に早めに気づけたのでしょうか。特別な予知能力があったわけでも、鮮やかな一手があったわけでもありません。答えは拍子抜けするほど地味で、「見る頻度と、見る仕組みを変えた」というだけのことでした。

年に一度、決算でまとめて振り返るのではなく、毎月、決まったタイミングで手元の現金と数字の動きを並べて眺める。ただそれだけで、「先月と比べて、今月は少し細っている」という小さな変化が、早い段階で目に入るようになります。変化が小さいうちに見えれば、打てる手も静かで済みます。追い込まれてからの大きな決断ではなく、余裕のあるうちの小さな調整で足りるのです。

では、毎月なにを並べればよいのか。難しい分析は要りません。たとえば、いま手元にある現金の残高、これから入ってくる予定のお金(レセプト分の入金がいつ・いくら入るか)、これから決まって出ていくお金(家賃・人件費・仕入れの支払日)——このあたりを同じ紙の上に並べるだけでも、「今のペースで、あと何ヶ月持ちこたえられるか」がおおよそ見えてきます。数字が得意である必要はなく、毎月同じ場所を、同じ形で見続けられるかどうかのほうが、ずっと大切です。

大切なのは、数字を見て決めるのは、あくまで院長先生ご自身だということです。外の相談相手が持ち込んだのは、答えでも指示でもなく、「毎月、こういう形で見えるようにしておきましょう」という頻度と仕組みだけでした。何を優先し、どこを削り、どう動くかは、院長の判断のまま進みます。会計事務所が毎月訪問して帳簿を確認する月次巡回監査という実務も、もとをたどれば「数字をタイムリーに見ておくほど、課題に早く気づける」という同じ考え方に立っています。

早めに気づけたことで、その局面は危機として表に出ることなく通り過ぎ、その後、累積の赤字も11ヶ月で解消していきました。ただし、これも結果としてそうなったという話であって、同じ手順を踏めば必ず同じ結果になる、とお約束するものではありません。

なお、試算表や貸借対照表を実際にどう読むか、という実務の手順そのものは、この記事では立ち入りません。数字の読み方の具体は、試算表の読み方の実務はこちらの記事に譲ります。

これは、危機を煽る話なのでしょうか?

ここまで読んで、「うちは大丈夫だろうか」と少し気になった方がいらっしゃるかもしれません。けれど、この記事の目的は不安をあおることではありません。

もう一度はっきりお伝えします。ここで紹介したのは、過去にひとつのクリニックで実際に起きかけたことです。他の院で同じ局面が訪れると示唆するものでも、誰かが入れば必ず回避できると保証するものでもありません。

そして、これは「経営者が一人で全部を見ているのが悪い」という話でもありません。開業直後は、診療も、接遇も、採用も、集患も、資金繰りも、性質の違う仕事が同時に押し寄せます。そのすべてを一人で、しかも同じ集中力で見続けるのは、能力や意欲とは別の次元で、そもそも無理があります。分かれ道になったのは、その多すぎる仕事のなかで、資金繰りだけを毎月きちんと見る役割が、別に一人いたかどうか、という構造の違いでした。

最後に、ご自身の現在地をそっと確かめるための問いとして、ひとつだけ残しておきます。今の自院の資金繰りは、誰かが定期的に見ている状態でしょうか。それとも、気づいたときには選べる手が少なくなっている、という進み方をしているでしょうか。もし答えに少し詰まったとしたら、それは一度、外の目で見え方そのものを確かめてみる合図なのかもしれません。

このクリニックのその後、関係がどう続いているのかについては、その後どう続いているかはこちらの記事でお伝えしています。また、番頭代行という取り組みそのものについては、番頭代行という取り組み自体の説明はこちらで詳しくご紹介しています。

今の資金繰りの見え方は、自院にとって十分でしょうか?

毎月の現金の動きが、どこまでご自身の目に見えているか。一度、外の目で見え方そのものを確かめてみるための、初回の相談の場をご用意しています。「どこから確かめればいいのか分からない」という段階でも構いません。むしろ、その段階でこそ、見る頻度と仕組みを一緒に点検する意味があります。

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